2026年6月
仕事のひとりごと「病む人の心を」
臨床検査技師として働いて、はや何十年になる。
私が長く担当してきたのは、超音波検査。なかでも、心臓の検査が中心だ。胸にあてたプローブの向こうで、その人の心臓が動いている。毎日、何人もの心臓を見てきた。
きれいごとでは、なかった
正直に言えば、医療も経営だ。きれいごとだけでは、まわらない。一日に何件、という数があって、ノルマもある。
若い頃の私は、ただ未熟で、必死だった。決められた時間の中で、こなすだけで精一杯。次の患者さん、また次の患者さん。ささっと準備にとりかかって、手を動かす。勉強もしなきゃ、と思いながら、その余裕もない。
——あの頃の私は、患者さんの顔を、ちゃんと見ていなかったかもしれない。
「病む人の心を」
そんなある日、上司に言われた言葉がある。
「病む人の心を。」
ただ、それだけ。正直、その時の私には、ピンとこなかった。心臓のデータを、正確にとること。それで精一杯だったのだから。
自分も、わかる年代になって
あれから、ずいぶん時間が経った。
気づけば私も、体のあちこちが痛む年になった。検診で引っかかって、検査される側の不安を、身をもって知ることも増えた。
検査台に横になって、天井を見上げるときの、あの心細さ。「何か見つかったらどうしよう」という、胸のざわつき。——昔の私は、その気持ちに、何ひとつ寄り添えていなかった。驕り高ぶっていた、と言われても仕方ない。あの頃の自分を、今は少し、恥じている。
だから今は
今では、検査の前に、データはもちろん、その方の背景にも目を通すようにしている。どんな暮らしをして、何を抱えて、ここに来たのか。少しでも知って、少しでも寄り添えるように。
いつだったか、ある手術を控えた、70代くらいの女性の術前検査を担当した。
検査台の上で、その方はぽつりと漏らした。手術なんて初めてで、不安で不安で、でも一人暮らしで、その気持ちを打ち明ける相手もいないのだ、と。——私と同じ、おひとりさまだった。
こういうとき、私は軽々しく「大丈夫ですよ」とは言えない。検査技師の私に、その手術がどうなるかなんて、わからないのだから。だから、ただ、聞いた。相づちを打ちながら、その方の不安を、そのまま受け止めるように。
検査が終わるころ、その方は少しだけ表情をゆるめて、「聞いてもらえて、楽になりました」と言ってくださった。
病院って、こわいところですよね。検査の機械も、白い廊下も、これから起きることへの不安も。だからこそ、誰かに話すことで、ほんの少しでも不安がやわらぐのなら——そのお手伝いができたら、私はうれしい。
「病む人の心を。」
あの言葉に、何十年もかけて、やっと追いついてきた気がする。