2026年7月
日々のひとりごとマロン、17年ありがとう|柴犬の最期の数日と、かかった医療費
実家の犬が、逝った。マロン、という名前の、雄の柴犬。17歳だった。
この記事には、17年ほとんど病気をしなかった犬の、最期の数日の様子と、そのときにかかった医療費のことを書いておく。同じように、年老いた犬と暮らしている人に届けばと思う。
▲ マロン。すいか柄のバンダナは、娘が作ってくれたもの。まだ元気だった夏に、私が撮った。
17歳。犬の17歳は人間でいえば84歳くらいになるそうで、いつの間にか、母の年齢も追い越して、年上になっていた。
実家の母が入院していて、その退院を待っていたかのように、容態が悪くなった。
私も、亡くなる前の日に、会いに行った。最後まで、母に寄り添うように、静かだった。
「これで子犬?」と、驚いた日
娘たちと過ごした日々が、走馬灯のように浮かんで、寂しくなる。
娘たちがまだ小さかったころ。「生後3か月です」と聞いて、ころころした子犬を想像して会いに行ったら——そこにいたのは、すでにがっしりと貫禄のあるマロンだった。あとで血統書を見て、確かに3か月だと確認したけれど、「これで本当に子犬……?」と家族みんなで顔を見合わせたのを覚えている。(オスだからか、すでに頼もしい体つきだった。)
散歩に連れ出せば、逆にこちらが引っ張られて、娘が半べそをかいていた。そんな、他愛のない思い出。
散歩のコースには、こだわりがあった。私が違う道へ行こうとすると、頑なに拒む。そして、母の友達の家に必ず立ち寄る。そこでおやつをもらうのが、日課になっていたようだ。
でも、おとなしくて、優しい気質だった。番犬にはならないほど、人懐っこい犬だった。いちばん懐いていたのは、もちろん母である。
父が亡くなってからは、母をそばで、ずっと見守っていてくれた。ありがとう、と思う。
これから、母のことは、正直、心配ではある。
最期の数日のこと
マロンは、とても食欲旺盛な犬だった。人が何か食べていると、なんでも欲しがる。それでいて、好きなものはきちんと選んでいた。野菜は嫌いだった。
その食いしん坊が、最期は、食べているこちらを恨めしそうに見るだけになった。水だけは飲んでいた。
きれい好きな柴犬だったのに、おしっこも下痢も、ところかまわずしてしまうようになった。立つこともできない。切なかったが、オムツを当てた。
17年、これといった病気はしなかった。自分の体の重さで、ジャンプしたときに捻挫したくらい。だから、年齢なのだと思う。
介護で、用意したもの
立てなくなってからは、オムツを当てた。犬用の、大型犬のものを買った。5枚で2,000円ほど。あとは、ペットシーツ。
食べられなくなってからは、水を手であげた。自分では、もう飲めなくなっていたからだ。
体を支える道具は、何も用意しなかった。いま思えば、あればよかったと思う。抱えて動かすのは、こちらも大変だった。
世話は、母の様子を見ながら、私がした。オムツをしていても、ときどき、ちがうところでしてしまう。最後の下痢は、においがとてもきつかった。玄関に入っただけでわかるほど、家中に広がっていた。
きれい好きだった犬に、こんなことを書くのは申し訳ないけれど、同じ時期を過ごす人のために、書いておく。
最期に、できるだけのことは、した
年齢とはいえ、見ているのが切なかった。少しでも楽になればと、獣医さんにお願いして、預かってもらった。最期の数日は、動物病院で点滴や注射を続けてもらった。皮下点滴に、消炎剤、整腸剤、抗生剤。できることは、してもらった。
母は、父の最期の姿と重ねていたのだと思う。マロンは、父が可愛がっていた犬だった。なんだか、父が寄り添っていてくれるような犬だった。
母は退院して、マロンに会えた。それから1週間ほどで、逝った。やってあげられることは、できたかなと思う。
最期にかかった医療費
請求書を見ながら、ふと思う。これで、マロンの苦しさは、少しは和らいだのだろうか、と。答えはわからない。でも、精一杯のことは、できた。そう思うことにする。
| してあげたこと | 金額 |
|---|---|
| 診察・再診・尿検査 | 2,500円 |
| 皮下点滴・皮下注射 | 14,400円 |
| 抗生剤 | 13,500円 |
| ペットホテル(6日間) | 24,000円 |
| 消費税 | 5,440円 |
| 合計(税込) | 59,840円 |
| ペット保険の負担 | 0円 |
| 自己負担 | 59,840円 |
ひとつ、書いておきたいことがある。ペットの医療には、人間のような公的保険がない。任意のペット保険に入っていなければ、かかった分はまるごと、自己負担になる。マロンの最期の請求は、6万円近く。保険の負担額は、0円だった。
ペット保険には、入っていなかった
ペット保険の話は、聞いたことがあった。それでも入らなかった。
これといった病気をしなかったこと。そして、お世話になっていた獣医さんがとてもよくしてくれて、金額で困ることがなかったこと。母が長期で入院したときも、快く預かってくれた。マロンも、信頼しているようだった。
保険というのは、めったに起きないけれど、起きたら払いきれないものにかけるもの——私(と母)は、そう思っている。何にでもかけていたら、払う額のほうが膨らんでしまう。うちの場合、ペット保険はいらなかった、という結論だ。
ただ、これはあくまでうちの結論だ。大きな病気をすれば、話はまるごと変わる。人にすすめるつもりはない。
そのうえで、ひとつだけ思うことがある。元気なうちから、費用のことも、預かってもらえるかどうかも、気軽に相談できる先生を見つけておくこと。それが、いちばんの備えだったのかもしれない。
お金を惜しむ気持ちは、まったくなかった。それでも、こうして数字を目にすると、いろいろなことを思う。元気なうちは、想像もしないことだけれど——これもきっと、家族を迎えるということの、ひとつなのだ。
これでよかったのか、といまも思う
検査技師という仕事をしているけれど、マロンのことは、母も私も、人を見るのと同じ目線で見ていた。
父のときも、そうだった。本人にとって、楽にしてあげること。そのために、周りは何ができるだろうか。どういう選択ができただろうか、と。
それでも、これでよかったのか、といまも思う。気持ちに折り合いをつけるのは、むずかしい。
ゆっくり、おやすみ
17年。ありがとう。
父が亡くなったあとも、母のそばにいてくれて。私の娘たちの、小さかった日々を、ぜんぶ知っていてくれて。
ゆっくり、おやすみ、マロン。
実家と母のことも、少しずつ書いています。
→ 母を、少し遠くから見ている
→ お盆はいいものだと思う。それでも

おひとりさま検査技師
臨床検査技師として病院に30年。生理検査全般を担当、とくに超音波検査(おもに心エコー)。地方在住・50代・おひとりさま。 検査室から見えることと、暮らしのことを書いています。詳しいプロフィール


