2026年8月
日々のひとりごとお盆はいいものだと思う。それでも、私の墓はいらない|実家の棚経と、父の松
実家に呼ばれた。お盆の棚経に、ひとりでは寂しいという。きょうだいは仕事で来られない。それで、私が母の隣に座っていた。
母の隣で、お経を聞いていた
お盆に、お坊さんが家に上がって、仏壇の前でお経をあげてくださる。棚経という。
ふだんの私は、こういう場に自分から進んで座るほうではない。それでも、母がひとりで座っているよりはいいのだろうと思って、行った。
この方は、私を見る
少し前に、義実家のお墓のことを書いた。相談に行った先で、私は最後まで見てもらえなかった、という話だ。
今日の方は、まったく違った。
気さくで、よく笑って、こちらにもきちんと話しかけてくださる。私はこの家の後を継ぐわけではない。それでも、いないもののようには扱われなかった。
宗教的なつとめとして、そうしておられるのかもしれない。そこは分からない。
ただ、同じ「お坊さん」という言葉でくくれる相手でも、これほど違うものなのだと思った。
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お盆は、悪いものではない
お墓のことでは、ずいぶん厳しいことを考えてきた。かかるお金のことも、もう行かなくなる場所に払う費用のことも考えた。
それなのに、今日、母の隣でお坊さんの話を聞いていたら、こう思ってしまった。
お盆は、悪いものではない。
思い返せば、風情のようなものがあった。
お盆になると、ご先祖を迎えに行った。迎えに行って、おぶって、家まで連れて帰ってくる。そういうことになっていた。帰りは、送り火を焚いて送っていく。
小さいころは、それが賑やかな行事だった。親戚が集まって、みんなで花火をやった。線香の匂いがして、ふだんより食べるものがたくさんあって、いくら食べてもよかった。
そして、精霊馬。きゅうりで作った馬と、なすで作った牛のことだ。迎えるときは馬に乗って早く来てもらい、送るときは牛に乗ってゆっくり帰ってもらう。そういう意味があると教わった。
今年は、こんなものが座敷にいた。
▲ 今年の精霊馬と、盆花。左がきゅうりの馬、右がなすの牛。目までついている。
こういうものは残していきたい、とすら思う。
それでも、自分の墓のことは変わらない
とはいえ、自分の墓についての考えは、変わっていない。
いらない、と思っている。
なくなると思えば、寂しい。それでも、いらないと思っている。
矛盾しているのは、自分でも分かっている。お盆の風景はいいものだと思いながら、自分の墓は、いらないと思っている。
文化としては、残ってほしい。迎えに行って、送り出して、そのあいだは親戚が集まる。ああいうものが世の中から消えてしまうのは、惜しいと思う。
ただ、残ってほしいと思う気持ちと、自分が続ける気持ちは、別だった。
実家の墓は、きょうだいが継ぐ。私はそこには関わらない。だから、私が終わらせるのは私の分だけだ。それでも、申し訳なさのようなものはある。誰かが続けてきたから、今日の座敷にも精霊馬が置かれていた。その続きを、私は引き受けない。
それでも、割り切っている。守る人がいなくなったものを、形だけ残しておいても仕方がない。私がいなくなったあとに、誰かへ「これをどうしよう」と考えさせることのほうが、私はいやだ。
座っていた場所から、松が見えた
お経を聞いていた部屋から、庭の松が見えた。
亡くなった父が育てた松だ。いまは職人さんにお願いして、形を整えてもらっている。
▲ 手を入れる前。放っておくと、こうなる。
▲ 手入れのあと。短くなって、枝の形が見えるようになった。
今年の手入れに、15,000円かかったそうだ。払ったのは母である。
松の手入れは、できる職人さんが少ない。だから、ほかの木より高くつく。
お墓のことといい、この松といい、ため息の出ることばかりだ。それでも、切ってしまえとは言えない。父が形を作ったものだから、というだけの理由で。
帰りぎわに、もう一度、松を見た。父が植えて、父が整えて、いまは知らない職人さんの手で形を保っている。
来年の夏も、たぶん同じところに、同じ形で立っている。

おひとりさま検査技師
臨床検査技師として病院に30年。生理検査全般を担当、とくに超音波検査(おもに心エコー)。地方在住・50代・おひとりさま。 検査室から見えることと、暮らしのことを書いています。詳しいプロフィール


