2026年8月
健康・検査のことティッシュで隠して渡す、あのコップ|尿検査で、私たちが見ていること
「そちらの小窓に、置いてくださいね」
トイレの中から小さな窓が開いて、紙コップが置かれます。ティッシュでくるんで、見えないようにしてくださる方もいます。置いたらすぐに窓を閉めて、何ごともなかったような顔で戻っていかれます。
健診や外来で、あの数秒を経験したことのある方は、多いと思います。私も、患者として受けるときは、やっぱり少し恥ずかしくなります。いやなのではありません。ただ、恥ずかしいのです。
でも、受け取る側から、ひとつだけ言わせてください。
あれは、私たちにとっては、ただの検体です。
あの窓が小さいのには、理由があります
うちは小さな病院なので、私は生理検査だけでなく、尿の検査も血液の検査も担当します。だから、あの窓の向こう側にいる人間です。
あの窓口は、小さく作られています。トイレから直接出していただいて、そのまま受け取る。やり取りは、最小限で終わるようにしてあります。
顔を合わせずに済むように、という配慮です。ですから、ティッシュでくるんでくださっても、そのまま置いてくださっても、こちらの受け取り方は何も変わりません。
私たちが、あのコップで見ていること
受け取ってから、順番にこうしています。
まず、量です。 少ないと、予定していた検査が全部できません。「すみません、もう一度お願いできますか」とお伝えすることがあるのは、そのためです。がっかりさせてしまうのは分かっているのですが、足りないまま無理に測ると、結果のほうが信用できなくなります。
では、どれくらい必要なのか。うちでは、25mLあれば大丈夫ですとお伝えしています。カップの内側にある、いちばん下の目盛りの線です。大さじにすると、1杯半くらい。写真で見ていただくと、思っていたより少ないのではないでしょうか。
それでも、どうしてもそこまで出ない方はいらっしゃいます。そういうときは、もっと少なくてもかまいませんとお伝えします。できる検査は少し減りますが、それでも分かることはあります。無理に絞り出そうとして、時間だけが過ぎていくほうが、つらいですから。
次に、色です。 濃い、薄い、濁っている、といったことを見ます。病気によって、特徴の出るものがあります。たとえば黄疸のある方の尿は、独特です。慣れてくると、コップを持った時点で分かります。
においで、分かることもあります。
そのあと、遠心分離機にかけます。沈んだものをスライドガラスに載せて、顕微鏡で見る。これを尿沈渣(にょうちんさ)といいます。赤血球、白血球、上皮の細胞、結晶といったものが、そこに見えます。
「出はじめは捨てて、途中から採ってください」と言われるのは、中間尿といって、出はじめに混じりやすいものを避けるためです。出はじめには、尿の出口のあたりにいる細菌や、はがれた上皮の細胞が入りやすくなります。それが入ると、感染しているのか、採り方の問題なのかが分かりにくくなってしまいます。
もうひとつ、できるだけ新しい尿を出していただきたい理由もあります。時間がたつと、そのあいだに細菌が増えて、尿がアルカリ性のほうへ傾いていきます。そうなると、じつは尿のpHだけでなく、ほかの項目の結果まで動いてしまうことがあります(記事の後半で、私自身の結果を例にお話しします)。家で採って持ってくるより、その場で採っていただくほうが、正しい結果に近づきます。
「出ないんです」を、責めないでほしい
若いころの私は、不思議でした。
どうして、こんなに時間がかかるんだろう。次の方が待っているのに、と思ったこともあったと思います。若い方なら、すぐに出るものですから。
いまは、少し分かります。
緊張すると、出そうとしても出ません。 誰かが待っていると思うと、なおさらです。年齢を重ねると、膀胱がやわらかく伸び縮みしにくくなることもあります。ためておけなくて、待っているあいだに済ませてしまう方もいます。男性では、前立腺が大きくなって出にくくなることもあります。
理屈としては、若いころから知っていました。教科書に書いてあります。でも、自分が年齢を重ねてはじめて、分かってきた部分がありました。知っているのと、分かるのは、違うことでした。
昔、上司に言われた言葉を、こういうときに思い出します。「病む人の心を」。数とノルマに追われていた私に、あの人がくれた、たったひとことでした。
「出ません」と言いにくそうにされている方には、待っています、とお伝えするようにしています。急かされていない、と分かるだけで、出ることがあります。
エコーで膀胱を見れば、いま尿がたまっているかどうかも分かります。そのお話は、残っている人ほど、気づいていないに書きました。私自身の膀胱を、排尿の前と後で見た画像も載せています。
生理のときは、言ってもらえると助かります
言いにくいことだと思います。窓口で口に出すのは、なおさらです。
それでも、伝えていただけると助かります。生理中は、潜血の反応が出ることがあります。黙って出されると、その結果だけが、ひとりで歩いていってしまいます。「再検査です」という紙が届いて、心配な数週間を過ごすことにもなりかねません。
紙に書いて渡していただいても構いませんし、「今、生理中です」のひとことでも構いません。日を改めましょう、ということもできます。
私も、引っかかりました
えらそうに書いてきましたが、今年、私自身の尿検査が引っかかりました。
小さくて見えにくいので、動いたところだけ書き出します。
| 項目 | 基準値 | 今回 | 前の年 |
|---|---|---|---|
| pH(尿の酸性・アルカリ性) | 5.0〜7.5 | 8.5 | 7.0 |
| 尿中塩分濃度 | 8以下 g/L | 10 | 6 |
| 結晶(リン酸アンモニウムマグネシウム) | — | + | なし |
| 扁平上皮 | 1個未満/HPF | 5〜9個/HPF | 1〜4個/HPF |
最初に見たとき、私は「脱水かな」と思いました。夏に向かう時期でしたし、水分が足りていないのだろう、と。
でも、勘違いでした。
そのころ私は、食生活を見直している最中でした。野菜を増やして、海藻もよく食べていました。とくにもずくは、主食の代わりにするほど食べていた時期です。ごはんを減らして、足りない分をもずくで埋めていました。植物性の食品が多くなると、尿はアルカリ性のほうへ傾きます。そしてアルカリ性に傾くと、リン酸アンモニウムマグネシウムという結晶が出てきやすくなります。
この結晶は、健康な人でも見られるものです。ただ、ずっと続くときは注意します。 尿の通り道に感染が起きていると、同じようにアルカリ性に傾いて、この結晶が出てくることがあるからです。一度きりなのか、続いているのかを見ます。
ここからが、尿検査のややこしいところです。
私の結果では、蛋白が「±」、塩分濃度が10(基準は8以下)と、ほかの項目も引っかかっています。でも、これをそのまま「蛋白が出た」「塩分が多い」と読むわけにはいきません。
尿の検査は、一枚の試験紙で、いくつもの項目を同時に測っています。ですから、pHがアルカリ性に大きく傾いていると、その影響で、蛋白や塩分の反応まで出てしまうことがあるのです。つまり私の結果は、pHが8.5だったという一つのことが、まわりの項目まで巻き込んでいた可能性があります。
だからこそ、できるだけ新しい尿なのです。採ってから時間がたつと、細菌が増えて、尿はアルカリ性のほうへ傾いていきます。すると、蛋白まで陽性に見えてしまうことがある。家で採ったものを持ってきていただくより、その場で採っていただきたいのは、こういう理由です。
とはいえ、海藻や味噌汁が増えていたのは事実なので、塩分のほうは、そちらの影響もあると思います。体にいいと思って食べていたものが、別の数字を押し上げていました。
もうひとつ、扁平上皮が5〜9個/HPFに増えていました。HPFは、顕微鏡を強い倍率にしたときの1視野あたり、という意味です。これは、採り方の話です。中間尿にしきれていなかったのだと思います。人にはあれだけ説明しておいて、自分の番になると、うまくできていませんでした。
そのあとの検査で、pHは戻りました。蛋白も潜血も陰性です。やったことといえば、もずくを主食の代わりにするのをやめて、ふつうにごはんを食べるようにしただけでした。体にいいと思ってやっていたことを、一方に寄せすぎていただけだった、ということになります。もずくが悪いのではありません。
ただ、ひとつ確かめられていないことがあります。そのときは尿沈渣をしていません。ですから、あのとき見えていた結晶が消えたのかどうかは、私も知らないままです。数字が戻ったことしか分かっていない、というのが本当のところです。
それでも、自分の尿は毎日見られます
血液は、採ってもらわないと分かりません。心臓の中も、機械がないと見えません。
その点、尿は違います。毎日、自分の目で見られます。 私が尿検査の話を書きたかったのは、そこです。特別なことをしなくても、朝、少し気にするだけでいい。
ただし、色だけで何かを決めることはできません。水をたくさん飲めば薄くなりますし、汗をかけば濃くなります。ビタミン剤で色が変わることもあります。「濃いから病気」ということではありません。
そのうえで、こういうときは受診をおすすめします。
- 赤い、茶色い、コーラのような色が続く
- 泡が立って、なかなか消えない日が続く
- 濁りが続く、においが急に変わった
- 出にくい、回数が増えた、まだ残っている感じがする
一度きりなら、様子を見ていただいて大丈夫なことがほとんどです。大事なのは、続くかどうかです。 そして健診で何か書かれていたら、その紙をしまい込まずに、要再検査と言われたらを読んでみてください。
おわりに
今日も、あの小窓に、紙コップが置かれます。ティッシュにくるまれていることもあります。
私はそれを受け取って、量を見て、色を見て、遠心分離機に載せます。それだけです。
そのあいだ、その方が何を思って窓を閉めたのかを、少しだけ想像するようになりました。それくらいは、年を取ったぶんの、私の取り分だと思っています。
※この記事は一般的なお話です。診断・治療は医療機関でご相談ください。
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おひとりさま検査技師
臨床検査技師として病院に30年。生理検査全般を担当、とくに超音波検査(おもに心エコー)。地方在住・50代・おひとりさま。 検査室から見えることと、暮らしのことを書いています。詳しいプロフィール


